
「古事記」には序文があります。
「古事記」を編纂した太安萬侶が元明天皇に献上した際の上表文とされています。

序文は「過去の回顧」「古事記の企画」「古事記の成立」という項目があります。
この記事では序文の最後「古事記の成立」を読み解いていきます。
回りくどい表現があるのであらすじをつけました。
「古事記の成立」のあらすじ
・元明天皇の徳をたたえ、その命令によって稗田阿礼の誦み習ったものを記した。
・(漢字しかなかった時代のため)文章にするにあたって苦労した。
・記事の範囲、および古事記を三巻に分けたことを述べた。
「古事記」上巻 序文 「古事記の成立」の口語訳

謹んで思うことには、今上天皇陛下(元明天皇)は、帝位におつきになって堂々と天地人の万物に通じて人民を正しくお育てになられています。
皇居にいらっしゃりながら道徳をみちびくことは、馬のひずめの至る果てまで覆い、船の舳先が及ぶ限りまで照らしておられます。(陸地水上の果てにも及んでいます。)
太陽は中天に昇って光を増す「重暉(ジュウキ)」という現象、雲は散って晴れわたる「慶雲」という現象はいずれもめでたいしるしです。

二つの枝が一つになる「木連理(ボクレンリ)」、一本の茎から二本の穂が出るようなめでたいしるし「嘉禾(カカ)」など、書記が書く手を休めることができないほど(おめでたいことばかり)で、
外国からいくつもの言葉の通訳を連れて(つまりたくさんの国から)来朝する者たちから奉ります物がいっぱいで、大きな倉がカラになる月がありません。
名声は夏の禹王(カのウオウ)よりも高く聞え
御徳は殷の湯王(インのユオウ)よりも勝るというべきであります。
(元明天皇は)これほどの陛下ですので、そこで旧辞の違っているのを惜しみ、帝紀の誤っているのを正そうとして、和銅四年(西暦711年)九月十八日にわたくし安萬侶に(次のように)仰せられました。
稗田阿礼が詠んだところの天武天皇の勅語の旧辞を選んで記し定めて献上せよ。
と仰せられましたので、謹んで仰せの主旨に従って、こまかに採録いたしました。
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しかしながら上古にありましては、言葉も内容も共に素朴でありまして、文章にし、漢字に書き現わすことが困難であります。
漢字での日本語表記は容易ではありません。
文字を全て訓読みで書けば、その言葉の意味は十分通じません。
そうかと言って字音仮名で書けばたいへん長くなりわかりにくくなります。
そこで、一句の中に音読みと訓読みの文字を交えて使い、時によっては一つの事を記すのに全て訓読み文字ばかりで書きました。
わかりにくい言葉や文には注を加えてはっきりさせ、
意味がわかりやすいところは注を加えませんでした。
またクサカという姓を日下と書き、タラシという名前に帯の字を使うなど、こういう類のものは原資料のままにして改めてません。
古事記は和語を漢字で表記しています。
日本書紀は外国(主に中国)に向けて書かれているので漢文で書かれています。
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書いた事は、大まかに言うと天地開闢から推古天皇の御代まででございます。
そこでアメノミナカヌシの神からヒコナギサウガヤフキアヘズの命(神武天皇の父)までを上巻とし、
合わせて三巻を記して、謹んで献上いたします。
わたくし安萬侶、謹みかしこまって額を地につけ拝礼し申しあげます。
和銅五年(712年)正月二十八日
正五位の上勲五等 太の朝臣安萬侶

序文はここで終わり、古事記の本文へと続きます。
元明天皇について

元明天皇が即位した理由
元明天皇は女帝です。
天智天皇の娘であり、天武天皇と持統天皇の息子である草壁皇子の妻です。
今では考えられない近親婚です。
天武天皇と持統天皇は草壁皇子に皇位を継がせたかったのですが早く亡くなってしまったため、草壁皇子と元明天皇の息子の文武天皇が即位し(のちに元明天皇となる)阿閇は皇太妃になりました。
ところが文武天皇が崩御し、文武天皇の息子でのちの聖武天皇がまだ幼かったので元明天皇が第43代の天皇として即位しました。
元明天皇が行なったこと

この時代は女帝が多いのですが、「幼い息子が大きくなるまで」など、つなぎ役を担っていました。
しかし、元明天皇の時代に藤原不比等が最高権力者となったことから、元明天皇(の時代)は古事記を完成させただけでなく
・藤原京から平城京へ遷都
・風土記の編纂も詔勅
・和銅開珎の鋳造
など、多くの大事業が実施されました。

終わりに
肉親同士でも殺し合いや陰謀が渦巻く時代に、元明天皇は夫や息子を早くに亡くしながらも(心を病まず)天皇の座に付き多くの事を成し遂げました。
業績の多くが藤原不比等が中心になって行われていたとしても、元明天皇も有能な女性だったのでしょう。
序文に書かれている元明天皇を賛美する文言は大袈裟ではありますが、あながち間違いではないかもしれません。
これをもって序文は終わり、本文が始まります。
古事記の他の記事
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上巻(序文からウガヤフキアヘズ)
中巻(神武天皇から応神天皇)
下巻(仁徳天皇から推古天皇)