(112)『古事記』日本神話タロット剱ノ4 ヤマトタケル、伊勢での休息
剱ノ肆(ソード4)「伊勢での休息」

これまでのあらすじ

小碓命(ヤマトタケル)」は父である景行天皇の后を横取りしてしまった「大碓命(オオウス)」を誤解から殺してしまいました。

小碓命」の残酷な性格を恐れた景行天皇は「小碓命」に熊曽征伐に行くように命令しました。

「古事記」における「伊勢での休息」

そこで、「小碓命(ヤマトタケル)」は (伊勢に寄り) 叔母である「倭比売(ヤマトヒメ)」の御衣(ミソ)・御裳(ミモ)を頂いて、剱を懐に入れて出発なさいました。

御衣(ミソ)・御裳(ミモ)とは天皇や貴人の着物のことです。

この記事に登場する皇族の系譜

倭比売」は景行天皇の同母の兄弟で、「天照大御神(アマテラス)」を伊勢に祀り(伊勢神宮を創建)、斎宮になっている女性です。

神託を聞く能力があり「小碓命(ヤマトタケル)」に助言や物を与えます。

日本神話タロット 極参 剱ノ肆(ソード4)「伊勢での休息」

剱ノ肆(ソード4)の意味

正位置

休息、英気を養う、自分の時間を持つ

逆位置

ズル休み、心の準備、回復

解説文写し

旅の途中、オウスノミコトは叔母のヤマトヒメがいる伊勢に立ち寄りました。

オウスノミコトの境遇を哀れんだヤマトヒメは、いっときの休息を与えると共に、いずれ役に立つであろうと女物の着物を渡しました。

※ヤマトタケルは叔母を慕っており度々伊勢に立ち寄っていました。

別の時(後に)には「アメノムラクモ」と「火打石」をもらっています。

参考記事

日本神話タロット「極参」

伊勢神宮内にある「ヤマトヒメ」を祀る倭姫宮 (三重県)

はるさん的補足 「日本書紀」における熊襲征伐

景行天皇の「日本書紀」における記述は「古事記」と全く違います。

景行天皇自ら九州へ

景行12年に熊襲(「日本書紀」では熊襲と表記)が朝廷に背きます。

この時、天皇自ら筑紫に向かい、九州土蜘蛛を次々と打ち破っています。

土蜘蛛とは朝廷に服従しない土着の先住民のことです。

(参考記事:(90)神武天皇一行、忍坂で土蜘蛛の男たちを征伐する)

さらに熊襲の本拠地である日向では熊襲梟帥(クマソタケル)の娘を味方につけ、娘に熊襲梟帥を殺害させました。

その後7年にわたる九州征伐を敢行し、景行19年に大和に戻りました。

ヤマトタケルに熊襲征伐を命じる

景行天皇九州征伐から8年後、再び熊襲が背きます。

ここで初めて「ヤマトタケル」が登場し、景行天皇熊襲征伐を命じられます。

(つまり、「日本書紀」には兄殺しの場面はありません。)

その時15歳の「ヤマトタケル」は見事に熊襲を討ち取りました。

日本書紀」での景行天皇は自ら戦い、子供思いの父親として描かれています。

天地開闢からこれまでの記事

これまでの記事はこちらからご覧ください。

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コメント一覧
  1. Yoshi より:

    ヤマトタケルが女性ものの服と天叢雲剣(草薙剣)をもらうお話ですね(^^)ヤマトヒメ叔母さんの優しさが心に沁みるようです。
    カード、剣の4もまさに「英気を養う」なのですね。なるほど!(^^)

    ヤマトヒメの「御裳」についてはいろいろなエピソードを思い浮かべてしまいます。
    (五十鈴川で御裳を洗ったので五十鈴川の異称が御裳濯川(みもすそ川)なのだとか、伊勢参宮の雄略天皇の使いが御裳濯川のほとりで出会った老爺が実は興玉神だったという(その後、興玉神が天下泰平を寿ぐ舞を舞う)能楽「御裳濯」とか。)
    ただ&そういえば、内宮・外宮どちらとも違うところにある倭姫の宮にはお参りしたこと無かったのでした。今度行ってみます。

    それにしても記紀でこれだけ扱い・書き方が違うのですね!本当に勉強になりますm(_ _)m

    • harusan0112 より:

      ありがとうございます♪
      いえいえ、アメノムラクモはまだ先の話しでございます。今回はとりあえず着物です。
      能があるんですね、存じませんでした。
      ミモスソ川という異称があることも初めて知りました。
      ありがとうございます。
      景行天皇の日本書紀での記述については、最後にまとめて記事にする予定でしたが、
      景行天皇が酷い!
      という声が寄せられるので、早めに補足させてもらいました。

      • さゆ より:

        九州の熊本方面に行くのに、反対方向の東の伊勢に回り道。伊勢神宮にいた倭比売が最も信頼できる女性だったからでしょうね。着物を渡すなど、何が必要かがわかって、頼りになる女性でもあったのですね。
        日本書記では、景行天皇は、自ら行動する積極的な天皇として描かれていますね。一旦は勝利を収め、子ども思いで大人になってヤマトタケルに征伐を命ずるなど、常識的ないい人物として描かれているのですね。
        ここは、古事記と日本書記で同じ出来事でも、登場人物の性格や内容にかなり違いがあるところだとわかりました。ありがとうございます。

        • harusan0112 より:

          ありがとうございます♪
          ヤマトヒメは巫女的な能力とアマテラスを祀る場所を伊勢神宮まで根性で見つけた体力と優しさを兼ね備えた女性です。
          ヤマトタケルはこのような叔母がいたのが一番の幸運ですね。
          日本書紀での景行天皇、常識的でいいですよね。
          古事記はヤマトタケルを物凄くカッコよく書きたかったんでしょうね。

      • みゆき より:

        景行天皇もヤマトヒメのような賢く優しい兄妹がいて、良かったですね(ヤマトタケルでなくても頼りたくなりますね❣)
        それにしても、記紀で景行天皇に関する記述がこれだけ違うのかと驚きました。古事記だと余りにも人でなしのようだからと常識的な線に落ち着いたのかな?!

        • harusan0112 より:

          ありがとうございます♪
          ヤマトヒメ様は近くにいて欲しい方ですよね。
          古事記の景行天皇は本当にただの人でなしですね。
          ヤマトタケルを英雄に書くために酷い父親にしたのか、本当に何もしない人なのか、、、。
          日本書紀は海外向けなので、こんな天皇がいたらまずいと思って体裁を整えたのかもしれません。

  2. ミカリン より:

    景行天皇、限りなく側室を作り、都合が悪ければ子供達迄遠ざける等イメージが悪く感じていました。でも今回のお話で、敵のクマソタケルの娘を味方につけるというくだりで、もしかして、景行天皇、光源氏のような、色男だったのかな?と思いました^ ^倭姫はとても興味あります

    • harusan0112 より:

      ありがとうございます!
      おっしゃるように、女の人を懐柔するのが上手く、きっとルックスも良いのでしょうね。
      ヤマトヒメのような叔母がいてくれてヤマトタケルは幸せですね!

  3. 才色健躾 より:

    日本書紀と古事記は相違する点、若しくは隠蔽工作を余儀なくされている様に思えますね。
    日本書紀は天皇寄りの記述を以って偉大さを誇示しています。
    カードの意味はヤマトタケルへの労う気持ちにみえます。
    ”ズル休み。”私もヤマトタケルさまにはその様にされてほしいと思いました。

    • harusan0112 より:

      ありがとうございます♪
      古事記はヤマトタケルを英雄として強調したくて
      恐らく何人かの英雄をまとめてヤマトタケルとしているし、日本書紀は外国人に向けて書いているので景行天皇を酷い父親には書けないんでしょうね。
      この時代に治世が広がったことは共通しているのかもしれないですね。
      本当に、ヤマトタケルにはお休みを差し上げたいですね。

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