(111)『古事記』日本神話タロット 剱ノ3 日本武尊、父に恐れられる
剱ノ参(ソード3)「見殺し」

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これまでのあらすじ

小碓命(ヤマトタケル)」の兄「大碓命(オオウス)」は父である景行天皇は后にしようとしていた姉妹を横取りしました。

食事に同席しない「大碓命」を「ねぎ(教え諭す)」するよう言われた「小碓命(ヤマトタケル)」は「ねぎ」の意味をしごくことと誤解し、兄を殺してしまいました。

「小碓命(ヤマトタケル)」父に恐れられる

古事記におけるこの場面

小碓命(ヤマトタケル)」が兄「大碓命(オオウス)」を殺してしまった事を聞き、景行天皇は「小碓命(ヤマトタケル)」の性情が荒々しいことを恐れて、

景行天皇
西の方に熊曽建(クマソタケル)が2人いる。
服従しない失礼な奴らだ。
だからお前が行って奴らを殺しなさい。

熊曽建とは

熊曽は熊本県南部から南九州にわたる地方のことです。

は荒々しく強い、不服従者への卑称です。

ですから、熊曽建はその地方の有力な首長兄弟だったと思われます。

と仰って「小碓命(ヤマトタケル)」をお遣わしになりました。

小碓命(ヤマトタケル)」はこの頃まだ髪を額で結ってらっしゃる少年でした。

景行天皇は「小碓命(ヤマトタケル)」を恐れて(死んでしまっても構わないと思い)厄介払いをしたと言われています。

日本神話タロット 極参 剱ノ参(ソード3)「見殺し」

剱ノ参(ソード3)の意味

正位置

傷心、廃棄、失望、弱点を突かれる

逆位置

耐えられない悲しみ、引き裂かれる、混沌

解説文写し

父の解釈を間違えた解釈で受け止め、「オオウスノミコト」を厠で押し潰し、手足をもいで殺してしまうような過激な少年は、まだ年端もいかない「オウスノミコト」です。

そんな「オウスノミコト」を父は恐怖に思い、疎み、わずかな従者も与えず、九州のクマソタケルの討伐を命じました。

オウスノミコト」は自分のしたことを悔いていますが、ここで立ち止まってはいけないと歩みを進めました。

参考記事

日本神話タロット「極参」

はるさん的補足 ヤマトタケルの髪型

この記事で「小碓命(ヤマトタケル)」がまだ髪を額で結ってらっしゃる少年として登場しました。

焼津神社の「日本武尊像」(静岡県)

ヤマトタケル像」は全国にあるようですが、おそらくこの写真のような髪型で造られている物が多いのではないでしょうか。

この髪型は角髪(ミズラ)といって古代日本の子供の髪型だったようです。

聖徳太子の子供たちもこのような髪型ですね。

「聖徳太子ニ王子像」(奈良国立博物館所蔵)

ミズラ」というのは耳に連なるという意味で、髪の形状を表した言葉とされていますが、そのほかに「美面」つまり綺麗なお顔に見えるという意味だとする研究者もいます。

古事記」で「ヤマトタケル」が焼津に行くのは20代後半なのですが、「ヤマトタケル」は角髪のイメージですね。

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コメント一覧
  1. クマソタケルの成敗を筆頭に、なんでヤマトタケルばかりが「無茶振り」のような事をされるのか?(なんでそんな目に遭わなければならないのか)気になっていましたが、なるほど、景行天皇は彼が怖かった・厄介払いの意味あいがありえたわけなんですね。深く納得できました
    というか剣の三・・・すごく刺さっていますね。かなり気の毒なことになってしまっているカードです。

    あとミヅラ、美顔効果のためのものだったとは! 現代の女の子が「触覚前髪」をやって小顔効果を狙う、みたいな感じでしょうか

    • ありがとうございます♪
      剱ノ参にふさわしいカードです。
      お父様の后を横取りとか、兄殺しとか、死んでもいいと思っての厄介払いとか、本当に嫌な話しです。
      全て古事記だけの話しですが。
      あの髪型は可愛らしいですよね。
      もっとも、ヤマトタケルは戦いに明け暮れた生涯なので綺麗に結う余裕がある日がどれだけあったか、、、泣

  2. ちょっとカインとアベルを思い出すような話ですね。兄弟は仲良くして欲しいものです。

    みずら の記事面白かったです。
    美豆良と言う書き方だとオシャレを重視してしたのがわかりました。
    この鬟の土偶もありますよね。

    • ありがとうございます♪
      カインとアベルについて私も書こうと思ったんですよ。
      兄弟同士での殺し。父の愛、古事記編纂の頃にはかなり西洋の逸話は伝わっていたようですから、旧約聖書の有名な話しは伝わっていてもおかしくないと。
      まあこの場合、オオウスに同情の余地がない書かれ方をされてますね。

  3. 天皇の命令は絶対で、逆らうと左遷させられたり、不利な立場に置かれたりする恐れがあったのだと思います。それで、皆従ったのかもしれないと思います。
    古代日本の子どもの髪型がわかって日本の文化の知識が増えました。ありがとうございます。
    大人の男性はどんな髪型をしていたのかとちょっと思いました。
    日本武尊像は、顔立ちは大人っぽいけど、髪はミズラ。ミズラは20代の若者もしていたのかもしれないですね。

    • ありがとうございます
      改めて天皇の権限って絶大だなと感じました。
      嫁はもらいたい放題、危険な遠征には息子に行かせる。
      咎める者はいないのでしょうね。
      ミズラはあくまで子供の髪型なので、ヤマトタケルが亡くなる20代後半には違う髪型なのだと思います。
      戦いに明け暮れた生涯なので綺麗に結う日がどのくらいあったことかと想像すると悲しくなります。
      でも、いい奥様に恵まれて、息子が天皇になれたのが良かったですね。

  4. 景行天皇は子供が沢山いたので、子供一人一人の命を軽く捉えていたのかしれませんね。子供にとっては父親は一人なので、気に入られようと、不本意な命令でも聞くのですね。ただ愛して貰いたい一心で。お父さんに翻弄されたヤマトタケルの人生を知り、歴史の影を感じました

    • 80人(たくさん)の子がいると1人1人に目をかけられないでしょうね。
      ここは、もののあはれを感じる所です。
      ヤマトタケルは父親には恵まれませんでしたが、優しいオバ、妻、息子には恵まれました。
      このような大英雄はどこか可哀想な設定ですね。

  5. この度も酷いお話しと私的に思います。
    この時代の親子関係はどの様なものでしたのか…
    まして国を司る天皇では…
    以前より少年の肖像画にてミズラに疑問は御座いました
    解決しましたありがとうございます
    私的には「美しい顔」の説を取りたいと思います。

    • ありがとうございます

      この頃は妻問婚ですし、まして好色な景行天皇のことですから、子育てより、何処かに綺麗な娘いないかな〜。という探究心が強かったのではないでしょうか。
      ヤマトタケルは武力だけでなく、恐らく幼き日からカリスマ性も持ち合わせていたでしょうから、保身のためにも遠征させておくのが得策と思ったのでしょうね。

      もしかしたら景行天皇はオオウスを殺させるつもりでヤマトタケルに行かせて、
      え?殺せとまで言ってないよ
      と、惚けたのかもしれません。

      古事記における景行天皇はそういう方です。
      日本書紀では全く違うのでどこかで紹介しないと可哀想になってきました。泣

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