(163)『古事記』吉野川の浜 阿岐豆野の御狩り 歌が多い理由
蜻蛉 (アキズ トンボ)

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これまでのあらすじ

第21代 雄略天皇が即位しました。

古事記」には雄略天皇のエピソードが幾つか載っており、

皇后となった若日下部王(ワカクサカベノミコ)に求婚しに行くお話し

・むかし求婚した女性を忘れていたお話し

を紹介しました。

この記事では2つのエピソードを紹介します。

吉野川の浜

吉野川 (奈良県)

雄略天皇吉野宮(ヨシノノミヤ 現在の奈良県吉野郡東吉野村の丹生川上神社辺り)にいらっしゃった時、

吉野川の浜童女がいました。

童女の容姿が美麗でした。

それでこの童女結婚して宮に帰りました。

🌸

のちにまた吉野にお出かけになった時、その童女と出会った場所にとどまり、

大御呉床(オオミアグラ)を立てて、

その御呉床(ミアグラ)に座ってを弾いて、その童女に舞を踊らせました。

するとその童女はうまく舞ったので歌を作りました。

その歌が… 

雄略天皇
🍃呉床居(アグライ)の 
神の御手持ち 弾く琴に 
舞する女(オミナ) 
常世(トコヨ)にもかも🍃

現代語訳:

歌の訳呉床(アグラ)
で胡座(アグラ)して座って
神の手で弾く琴に合わせて舞を踊る女

常世(トコヨ=永遠)にこうしていたいものだなぁ

常世とは

道教神仙思想における理想、永遠を示すことばです。

垂仁天皇多遅摩毛理 (タジマモリ)常世の国に行かせたことがありましたね。

吉野とは

奈良県吉野郡には持統天皇が足しげく通っていらしたことがわかっています。

そしてその頃には桜の名所となっていました。

天武天皇持統天皇の時代に神仙思想における常世の国に、吉野が選ばれ

このエピソードに盛り込まれたと考えられます。

阿岐豆野(アキズノ)の御狩り

虻 (アブ)

それから阿岐豆野(アキズノ 上のお話しの近く)にお行きになって狩りをした時、

天皇御呉床にお座りになっておられました。

すると、虻(アブ)が天皇の腕を咬みました。

そこへ 蜻蛉(アキズ:トンボ)が来てそのを咥えて飛び去っていきました。

これを見て、(雄略天皇の口を借りて神が) を弾きを詠みました。

神 (雄略天皇)
🍃み吉野(エシノ)の 
ヲムロが岳に 猪鹿(シシ)伏すと 
誰(タレ)そ 大前に申(マヲ)す 
やすみしし 
我が大君の 
猪鹿待つと 
呉床(アグラ)に坐(イマ)し 
白栲(シロタエ)の 
袖着(ソデキ)そなふ 
手腓(タコムラ)に 
阿牟(アム)かきつき 
その阿牟を 
蜻蛉早咋(アキズハヤグ)ひ 
かくの如(ゴト) 
名に負はむと 
そらみつ 倭の国を 
蜻蛉島(アキズシマ)とふ🍃

現代語訳:


『吉野の小室が岳に猪が潜んでいる』と、
誰が天皇に申し上げたのか。

我が大君が猪を待ち呉床に座っていると、
袖まで着ている腕の内側の筋肉のふくらみに、
虻が喰いつき、
その虻をトンボが素早く喰らいついた。

このこと(このトンボ)にちなんで名を負わせ、
(空から見たという) 大和国を
蜻蛉島(アキズシマ)と名付けよう

それで、その時よりその野を名付けて「阿岐豆野(あきずの)」というのです。

雄略天皇を噛んだアブをトンボが食べたことから

トンボのような虫まで雄略天皇を讃えてますよ

神が (雄略天皇の口を借りて) 歌っている場面です。

日本書紀では

神武天皇が国土を一望して

トンボのようだ」とおっしゃったので

本州を秋津島(アキズシマ)と呼ぶようになった

と記されています。

初めに「アキズシマ」という名前があり

古事記では雄略天皇

日本書紀では神武天皇

命名したことにしたものと考えられます。

🌿

天皇が琴を弾く意味

埴輪 「琴を弾く男子
(写真は 愛知県陶磁美術館hpからお借りしました)

仲哀天皇仁徳天皇も琴をお弾きになりました。

いずれの時も神託を聞くための儀式的な行為でした。

この場面も、トンボの行動の意味を神に尋ねたともとれますが、

雄略天皇の口を借りて雄略天皇を讃える内容となっていることから、

天皇が神になった

あるいは

天皇🟰神

だと、表現している

という見方もあります。

はるさん的補足 「古事記」に歌が多い理由


古事記」の多くの場面にが出て来ます。

その理由は「古事記編纂時 (712年頃) に歌われていた歌を

神話に組み込んだからと、思われています。

古事記」は歌物語ともいえます。

特に恋の歌が多いのは、

歌垣という

「毎年決まった時期と場所に男女が集まり、恋愛の相手を歌のやり取りによって決める習慣」

があり、そこから生まれた歌が多かったためとされています。

雄略天皇も多くのを詠んでいますが、

古事記」における雄略天皇のエピソードの多くは、「歌ありき」で作られた物だとも考えられます。

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上巻(天地開闢から海幸彦山幸彦)

中巻(神武天皇から応神天皇)

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