(118)『古事記』日本神話タロット剱ノ9 弟橘比売入水 あづまはや
剱ノ玖(ソード9) 「苦悩」

これまでのあらすじ

景行天皇東征を命じられた日本武尊(ヤマトタケル)は、服従しない者どもを言葉で手懐けていました。

焼津辺りでは騙されて火攻めに遭いましたが、叔母の倭比売にもらった草薙の剣(別名:アメノムラクモ)火打ち石を使って無事に脱出しました。

妻「弟橘比売命(オトタチバナヒメ)」自ら犠牲に

日本武尊がさらに東方に行き「走水(ハシリ)の海」(浦賀水道)を渡る時、海峡の神が波を起こして船を回したので進むことができませんでした。

后(ここで突然、日本武尊の妻が出てきます!) の「弟橘比売命(オトタチバナヒメ)」が

オトタチバナヒメ
私が御子(日本武尊)の代わりに海に入りましょう。
御子は任務を果たして、景行天皇の元に帰ってください。

と言いました。

弟橘比売命は菅の敷物と皮の敷物と絹の敷物をそれぞれ幾重にも波の上に敷いて、その上に降りました。

その時

オトタチバナヒメ
相模国の小野に
燃えて迫る火の 火の中に立って
私の名をお呼びくださったあなたよ

と歌ったといいます。

すると波が自然と弱まり、船は進むことができるようになりました。

それから7日後、弟橘比売命の櫛が海辺に流れ着きました。

弟橘比売命は景行紀に「穂積氏忍山宿禰(ホヅミノウジノオシヤマノスクネ)の娘」と記述されています。

穂積氏は「饒速日命(ニギハヤヒ)」の子孫なので、物部氏と同祖になります。

櫛が流れ着いたのは千葉県茂原市本納橘樹神社(タチバナジンジャ)の場所と社伝にはあるようですが、他にも数説あります。

そこでその櫛を拾い、御陵を作って納めました。

そこからさらに東方に行き、荒ぶる蝦夷達や山河の荒ぶる神たちを全て平定し、

帰京しようとして足柄(静岡県と神奈川県の境の峠)の坂本で食事をしていると、その坂の神が白い鹿になって現れました。

蝦夷とはアイヌ人という説もありますが、ここでは東国の一般人民を指す言葉とみられます。

そこで食べ残した野蒜(ノビル)の片端で打ったところ、鹿の目に命中して死んでしまいました。

「野蒜」強い香りがするので邪気を払うと信じられていました

日本武尊は坂の上に立ち、三度ため息をついて

日本武尊
あづま(弟橘比売命)はや、ああ。

と言いました。

そこから、足柄以北を阿豆麻(アズマ、東国)というようになりました。

はやとは失われたものへの哀惜を示す助詞です。

日本神話タロット 極参 剱ノ玖(ソード9) 「苦渋」

伊東深水「弟橘媛」

剱ノ玖(ソード9)の意味

正位置

不安、憂鬱、恐怖心、ストレス、ネガティブ、不眠症

逆位置

誹謗中傷、傷心

解説文写し

海路を進んでいる時に荒波に襲われ、窮地に立たされましたが、その際、船に乗っていたオトタチバナヒメが命を投げ出し入水すると荒波は凪と変わりました。

そこからさらにヤマトタケルは快進撃を続けますが、

自分のために命を投げうってくれた妻のことを毎夜のように思い返しては苦悩しました。

参考記事

日本神話タロット「極参」

はるさん的補足 あづまはや

日本武尊弟橘比売を偲んで

あづまはや」と叫んだと言われる場所はいくつかあります。

日本書紀では妻を偲んだ場所を軽井沢近くの碓氷峠として、そこから以東の諸国を東国としています。

碓氷峠の位置

長野県と群馬県の県境に位置する碓氷峠日本武尊が差し掛かった時に濃霧が生じて道に迷いました。

その時に道案内したのが八咫烏(ヤタガラス)だと書かれており、八咫烏を祀る熊野の神を勧請して熊野皇大神社が建立されています。

八咫烏神武天皇を熊野で案内してくれた3本足のカラスです。

あづまはや」については場所も含めて諸説ありますが、戦いではともすると残忍な性格を見せる日本武尊の、優しさ溢れる場面ですね。

古事記最大の英雄は素晴らしい奥様に恵まれていたというのも嬉しい限りです。

天地開闢からここまでの記事

これまでの記事はこちらからご覧下さい。

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コメント一覧
  1. 才色健躾 より:

    この度の弟橘比売命のお話しは何かしらの昔話、伝説にも同じような境遇の語りを聞き及びました。
    それらは此方のお話を基にされているのかも知れませんね。
    ”神がかる”とはこの様な事柄なのでしょう
    はや(助詞)の意味は知り得ませんでした
    とても勉強に為りました。

    • harusan0112 より:

      ありがとうございます♪
      オトタチバナヒメのような勇気ある行動に海神も圧倒されたんでしょうね。
      ハヤに関しては早く行こうという意味だという説もあります。
      早く征伐して都に帰りたい気持ちもあるのかもしれないですね。

  2. 久子 より:

    なるほどー!あづまはや、とは、弟を偲んだ歌だったんですね!しかも、この「あづま」が関東の謂れになったとは、初めて知りました!
    ありがとうございます

    • harusan0112 より:

      ありがとうございます♪
      ヤマトタケルのお話しは人気がありますね!
      お名前もそのまま残っている所からも愛されていることがわかりますね。

      • ミカリン より:

        弟橘比売命は実在の人物だったそうです。物部系だったのですね。いろんな雑学がハルさんの文章で一つにつながって、整理されます。ありがとうございます

  3. みゆき より:

    オトタチバナヒメ…素晴らしい女人ですね!
    ヤマトタケルは、奥様に恵まれたところからも、やはり「持ってる」方=英雄なのかもしれませんね❤

    • harusan0112 より:

      ありがとうございます♪
      本当に素晴らしい女性ですね。
      荒れ狂う海に入って行くことができる姫なんて、そうそういないでしょうね。
      英雄はそもそもモテるでしょうけれど、相応しい方と結ばれて、助けてももらえる存在なのですね。

  4. さゆ より:

    弟橘比売命は、強い愛をお持ちだったのですね。身を投じることでしか貢献できないと思われたのでしょう。健気で哀れです。海の荒れが収まって、ヤマトタケルの心に残ったのが救いですね。
    白い鹿は、坂の神と言うことですが、白いけど反抗者の神だったのでしょうか?
    ヤタガラス再登場!場所を問わず道案内をしてくれる頼もしい見方ですね。
    あづまは、漢字で吾妻とも書くので、「私の妻」の意味もありますか?

    • harusan0112 より:

      ありがとうございます♪
      弟橘比売さまはヒーローの妻に相応しい勇気と優しさを兼ね備えた姫様だったのでしょうね。
      古事記で最も泣ける場面だと思います。
      古事記のヤマトタケルは、躊躇なく人を殺すところがあり、心が乏しいのかな?と思わせる場面もありますが、愛情深い方なのですね。
      白い鹿は恐らく殺してはいけない存在なのでしょうね。反抗的に見えたとしても、殺したことで、坂道が見えにくくなったのではないかとも言われています。
      鹿が白く見えたのは恐らくアルビノではなく、夜か夕暮れどきだったのではないかと。
      その鹿をノビル(昼)で殺してしまった。
      なので、暗くなってしまった。
      野蒜で鹿が死んでしまったのは、はやく都に帰りたいヤマトタケルにとって誤算だったように思います。
      八咫烏は神のような存在ですね。間違えて殺したりしないでくれて、本当に良かったです。笑
      アヅマ、まさに私の妻です!
      弟橘比売さまは突然の登場で
      びっくりしますが、私達の住む東国にとって、重要人物ですね。

  5. Yoshi より:

    弟橘比売(;_;)すごい奥様です。櫛が流れ着くというのも、なんとも本当に悲しい。
    深い愛情や信頼関係あってこそですね。ため息が止まらなかった事でしょう・・・。

    八咫烏、ここでも出てくるのですね!サルタヒコさんもですが、道案内は当時は本当に必要・有用だったのでしょう。
    案内もだけど現地の安全を確保する、知らない場所でも八咫烏の顔パスで安全に通れるというのもあったでしょうか。

    • harusan0112 より:

      ありがとうございます♪
      弟橘比売は日本武尊にふさわしい姫様ですね。
      道も地図も磁石もない時代、道案内してくれる者がいれば、どんなに心強かったことでしょうね。
      この頃の日本武尊は怖いものはないので案内さえしてくれれば、ご自分でなんとかなさるのでは?
      神武天皇の時も、結局短時間の道案内でしたね。
      できれば、都に送り届けて欲しかったですね。

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