(134)『古事記』応神天皇 三皇子の分掌 葛野の歌 宇治上神社
京都府葛野 (現在の渡月橋辺りか?)

これまでのあらすじ

仲哀天皇神功皇后の御子である品陀和気が天皇に即位し、たくさんの女性と結婚し、多くの子供をもうけました。

「古事記」における 三皇子の分掌( ブンショウ)

この記事に登場する皇子たち

応神天皇には27人の御子がいらっしゃいましたが、とりわけ3人の御子を信頼していました。

年齢順に

大山守(オオヤマモリ)

大雀命(オオサザキノミコト 後の仁徳天皇)

宇遅能和気郎子(ウジノワキイラツコ)です。

応神天皇大山守大雀命

応神天皇
お前たちは年上の子と年下の子では
どちらが可愛いか?

と聞きました。

(この3人の中で1番)若い宇遅能和気郎子を後継者にしたかったからです。

大山守

大山守
年上の子がかわいいです。

と答えました。

しかし大雀命は父の真意を理解していたので

大雀命
年上の子は、もう成人で、案ずることがありません。
幼い子は愛おしく思われます。

と答えました。

天皇は

応神天皇
大雀よ、おまえが言うことこそ、私の思いと同じだ。

とおっしゃいました。

そして

宇遅能和気郎子を後継者に指名

大雀命をご自分の政治の責任者に

大山守には海や山の民を総括する閑職を与えました。

実際には大雀命が次期天皇になります。

その経緯は後日、別記事にします。

「古事記」における 葛野(カズノ)の歌

京都府 宇治市の大吉山展望台辺りか?

ある時、応神天皇が近江国に巡行なさった時に、途中で宇治野(ウジノ 現在の宇治市の台地)の上にお立ちになって、葛野(現在の渡月橋の辺りか?)を遠くご覧になり、歌っておっしゃいました。

(葛野の歌)

🍃葉がたくさん繁る葛(かづら)の名に因む、葛野を見渡すと、豊かに満ち足りた民の家々が見えるよ。

山々に囲まれた、住みよい平原の土地が見えるよ🍃

はるさん的補足 宇遅能和気郎子と宇治

宇治上神社(京都府)

宇遅能和気郎子はお名前に「ウジ」と付くように、宇治市に宮を構える丸迩(ワニ)氏の一族でした。

宇遅能和気郎子の母、宮主矢河枝比売(ミヤヌシヤカワエヒメ)はたいそう美しかったので、

近江国に巡行する途中で出会った応神天皇はすぐさま求婚し、溺愛したそうです。

葛野の歌を歌った時も、美しい宮主矢河枝比売が隣にいてうっとりと歌ったのではないでしょうか。

ちなみに「日本書紀」では菟道稚郎子(ウジノワキイラツコ)と表記されています。

現在も宇治市菟道という地名はあります。

菟道の由来

地名の「菟道」はトドウと読みます。


地名の由来はその昔ウジノワキイラツコがその地を通った時に

兎が道案内をしてくれたからではないかと言われています。

宇遅能和気郎子が住んでいたとされる場所には世界遺産になった

宇治上神社が建立され、宇遅能和気郎子は父の応神天皇、異母兄の仁徳天皇と共に祀られています。

天地開闢からここまでの記事

ここまでの記事はこちらからご覧ください。

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コメント一覧
  1. 才色健躾 より:

    応神天皇のお問い掛けには誰しも(普通に)大雀命さまの様に応対するもと思われます。されどこの時代では多分に大山守さまの様なお考えは当たり前なのですね。
    宇治市の”菟道”はその様な逸話も…確かに兎に道。納得適います。
    宇治野、宇遅能…頭文字の”宇”にも所以はありそうですね。

    • harusan0112 より:

      ありがとうございます♪
      大山守さまも大雀さまも天皇になりたくて仕方がないけれど大雀さまは一枚上手でしたね。
      お母様の家系としては大山守、大雀命の方が皇室に近いのですが、矢河枝比売の家(丸迩氏) の方が勢力があったのかもしれません。

      宇という文字は屋根などを表すようですね。
      高台になっているからでしょうか?
      宇治上神社の辺りは坂は多いですね。

  2. さゆ より:

    後継者は決めていたので、応神天皇は、どちらを政治責任者にしようか迷っていたのかもしれませんね。
    自分と同じ意見の大燕命を政治責任者に、異なった意見の大山守を暇な役職につかせることにしたのですね。
    役職の重要度の差はあれ、信頼していたから三人とも役職につかせるつもりだったのでしょう。
    大山守はただ素直なだけだったのか、自分をひいきにしてほしかったのかどちらでしょう?
    菟道の土地名の由来、面白いです!

    • harusan0112 より:

      ありがとうございます♪

      確かに応神天皇は決めてらしたのだと思います。
      そして自分の気持ちを察してくれる人を自分の右腕にする、、、一見優しいようで残酷なことをしますね。
      大山守も大雀も天皇になりたくて仕方ないけれど、大雀が一枚上手でしたね。ー

  3. ミカリン より:

    今も昔も男の人は美しい女性を溺愛するのですね。本人の優越以上に、愛しい女性の子供を後継者にというのは仕方ない事かもしれません。実際のところ大雀命が優れていたので、政治の実権を握り、後の天皇になられたのでしょうね

    • harusan0112 より:

      ありがとうございます♪
      気に入った女性の子供を後継者にしたい気持ちはわかりますね。
      女性の方も、自分の子を次期天皇にしたくてお願いをするでしょうし。笑
      このように長閑な天皇だと、これで後継者はすんなり決定したと安心したのでしょうね。

  4. Yoshi より:

    やはり27人も居ると、とりわけ信用を置く子とそうでもない子たちに別れたりするのですね
    大雀命・・・のちの仁徳天皇につながっていくわけですか。仁徳天皇は陵・前方後円墳の人、というイメージだけしかないのですが仁徳天皇陵譚も色々あるのでしょうか。
    宇遅能和気郎子のはずが実際は大雀命が後継する話も気になります
    宇遅能和気郎子をとりわけ愛されたのは、応神天皇がその母の宮主矢河枝比売がとにかくお気に入りだったから?!
    いずれにせよ一族、奥さんと子供だけで10人+27人も居るとなると、人間関係とかその管理は相当大変そうです。
    ここでもウサギが出てくるんですね現代よりもより身近な動物だったのでしょうね。

    • harusan0112 より:

      ありがとうございます♪
      人間関係、めっちゃ複雑そうですね。
      姉妹婚が2組あるのも気になります。怖
      仁徳天皇は下巻のメインのお一人です。(もう1人は雄略天皇)
      応神天皇もナンパ?する時、お父様のお名前を聞きますね。
      宇治上神社は山も川もあって綺麗なところです。
      神の使いである兎が道案内してくれたというのは本当だと思います。

      可愛い奥様と、有力なお父様のセットが決め手でしょうね。

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