(56)『古事記』「オオトシガミ」の系譜
稲の実りの神「大年神」
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『古事記』「オオトシガミ」の系譜

この国の国作りを振り返りましょう

・「イザナギ」と「イザナミ」による国生み

・高天原で乱暴を働き追放された「スサノオ」による「ヤマタノオロチ」退治

・「オオクニヌシ」と「スクナヒコナ」「オオモノヌシ」による国作り

「イザナギ」と「イザナミ」
の国生み

イザナギ」と「イザナミ」はまだ脂や海月(クラゲ)のような所に国土を生み出すところから始めました。

しかし「カグツチ」という火の神を産んだことで「イザナミ」が死んで「黄泉の国」に行ってしまいます。

2神による国生みは終わりました。

イザナギ」は三貴子を誕生させ、
自身は滋賀に隠居したとされています。

「スサノオ」による「ヤマタノオロチ」退治

乱暴を働いたために高天原から追放された「スサノオ」は出雲に降り立ち「ヤマタノオロチ」を退治するなど、地元の英雄となります。

を建てますがその後「根の堅洲国」に行ってしまいます。

「オオクニヌシ」による国作り

兄弟たちからのいじめに遭い「根の堅洲国」に逃げ「スサノオ」に助けを求めた「オオクニヌシ」は「スセリヒメ」と駆け落ちをします。

その時「スサノオ」から「国作りを完成せよ」と言われます。

「オオトシガミ」の系譜

オオトシガミ」は「スサノオ」の子であり、稲荷神「ウカノミタマ」の兄弟です。

「オオトシガミ」とはどんな神か

漢字で書くと「大年神」です。

」は祈年祭(トシゴイマツリ)のトシで、豊年を司る霊力を象徴する神です。

ウカノミタマ」同様「古事記」に記述は少ないものの民間信仰によって「お正月様」「恵方神」などと呼ばれ広まりました。

お正月の飾りや行事などは元は「オオトシガミ」を祀る風習から来ているそうです。

「オオトシガミ」の子孫

古事記」には「オオトシガミ」の3人の妻との間の16人の子と8人の孫が記載されています。

上の系譜には3人の妻と主な子供と孫だけ載せました。

その中には朝鮮系の名前の子、カマド(台所)の神、比叡山の守護神となった神々もいます。

また、「オオトシガミ」の息子「ハヤマトカミ」が「オオゲツヒメ」と結婚して産んだ子たちは農業神や宅地、土の神となりました。

スサノオ」に食べ物をお願いされ、口や尻から食べ物を出したために
汚い!
と怒られ殺された「オオゲツヒメ」とこの「オオゲツヒメ」が同じ神かは不明です。

同じであれば、殺されてから子供を産んだということになります。

(神話なので、それもありです。)

はるさん的補足
なぜここに「オオトシガミ」の系譜があるのか

門松や鏡餅は「オオトシガミ」をお迎えするためのものでした
オオトシガミ」が「古事記」に登場したのはスサノオ」の系譜でした。

その時は名前だけの登場で、その後「古事記」は「オオクニヌシ」の話しが始まり「オオトシガミ」は全く出てきません。

オオクニヌシ」は「スサノオ」の6代子孫です。

ですから何故「オオクニヌシ」の国作りが終わった後に「オオトシガミ」の系譜があるのか不思議ではないでしょうか。

ここまでは「スサノオ」の物語

スサノオ」が末裔である「オオクニヌシ」に国作りの完成を命じました。

ですから、「オオクニヌシ」の国作りの完成まではスサノオの物語だと解釈することができるのです。

「スサノオ」の国作り物語終了

また「オオトシガミ」「ハヤマトガミ」は「オオクニヌシ」の系統ではありません。

本居宣長は「古事記伝」で
オオクニヌシ」の系統でない2神の系譜を載せたということで 「スサノオの物語をここで閉じたのだと解釈しました。

こうして「スサノオ」と共に「国作り物語」も終わり「国譲り神話」に突入していくこととなります。

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