『日本神話タロット』 鏡ノ士(カップのナイト)「天孫ニニギ」
「鏡ノ士」カップのナイト

『日本神話タロット 極参』 鏡ノ士(カップのナイト)

「天孫ニニギ」

アマテラスオオミカミ」の孫である「ニニギ」は、父である「アメノオシホミミ」(アマテラスの子)が地上に降る準備をしている時に産まれ、代わりに降臨させられた天津神(アマツカミ)です

参考記事
ニニギ」は「コノハナノサクヤヒメ」や「イワナガヒメ」に対しては酷い男です

ですが「ニニギ」の正式な名前は「古事記」では「天邇岐志国邇岐天津日高日子番能邇邇芸命(アメニキシクニニキシアマツヒコヒコホノニニギノミコト)」です

つまり「天地が豊かに賑わう神」を意味し、降臨の際、稲作をこの地にもたらせたとされている「農業の神」なのです

参考記事

この記事に出て来る神々の系譜

鏡ノ士「天孫ニニギ」の意味

正位置
誠実さ、ロマンティスト、博愛、プロポーズ

逆位置
不誠実、情緒不安定、偽り、空回り

『日本神話タロット 極参』 鏡ノ士(カップのナイト)の解説文(写し)

遠征で満足のいく結果が得られた「ニニギ」は、「コノハナノサクヤヒメ」の元へ急いで帰ります

ニニギ」は少し思い込みの激しいところがあり、自分の考えに忠実です

イワナガヒメ」を娶らず、「コノハナノサクヤヒメ」も離れてしまった「ニニギ」は、何も達成することなく死んでしまいます

人間が短命(神は不死)で終わるのはイワナガヒメの呪いだという解釈もあります

なぜ「ニニギ」という「産まれたばかりの孫」が降臨したという設定か

ニニギ」は「アマテラスオオミカミ」の孫です

なぜ「アマテラスオオミカミ」は御子の「アメノオシホミミ」ではなく、産まれたばかりの「ニニギ」を降臨させたのでしょうか

よく知られている説

   (赤線は女性天皇)

古事記」の編纂を命じたのは「天武天皇」ですが、成立した(711年)のは「元明天皇 」の時です

まず、「天武天皇」の妻、「持統天皇」は実子である「草壁皇子」に皇位を継承することを願っていました

しかし、「草壁皇子」が亡くなってしまいます

そのため、「草壁皇子」の子である「軽皇子(文武天皇)」に皇位を継がせました

そして、その次に「元明天皇」(草壁皇子の妻、文武天皇の母)は「文武天皇」の子「聖武天皇」を即位させました

神話をもって、このような皇位継承のありかたの正当化したというものです

その他の説

ニニギ」は産まれたての嬰児として書かれていることから

・天孫降臨神話を天皇即位式としての大嘗祭と関連づけ、大嘗祭において新生児誕生の模擬行為が行われること即応するという説

・天孫降臨神話を稲穂の信仰と儀礼に由来するものと捉え、穀霊的天孫の降臨は稲穂の生命力を体現するために嬰児姿として表現されているという「嬰児への信仰説

などがあります

その他の説もありますが、わたしは、神々の名前や神話の流れから最後の「嬰児への信仰説」という見方が最もしっくりくると思っています

ニニギ」というと「イワナガヒメ」を好みでないと言って拒否したり(そのために私たちは短命になった)、「コノハナノサクヤヒメ」の妊娠を疑うなどの場面が有名ですが、「農業の神」として長い間信仰の対象になっている事からも、「稲穂の生命力を体現する嬰児」を降臨させたという考え方が自然な気がします

「ニニギ」の墓

鹿児島県川内市に可愛山陵(エノヤマノミササギ)という物があります

明治時代に宮内庁が「ニニギ」を主祭神として祀っていた「新田神社」を「ニニギ」の山陵として治定しました

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