これまでのあらすじ
応神天皇は即位し、政治の一環として巡行し、たくさんの子供を作ります。
「古事記」における髪長比売
応神天皇は、日向国の諸県君(モロガタノキミ 宮崎県南部の豪族)の娘の髪長比売(カミナガヒメ)の容姿がとても美しいと聞き、
妻として迎えようと宮中に呼び出すことにしました。
その時、お迎えに行った大雀命(オオサザキ 後の仁徳天皇)は、髪長比売が難波津(ナニワズ 現在の大阪湾)に着いたのを見て、
その美しい顔立ちに感動なさり、建内宿禰大臣にお願いしました。
髪長比売を、
私に譲ってもらうように(応神天皇に)お願いしてくれないだろうか。
建内宿禰はそのように応神天皇へ申し上げると、天皇は髪長比売を大雀にお与えになりました。
大雀に授けた時の状況は次のようなものでした。
応神天皇が、新嘗祭(天皇が国家、国民の安寧と繁栄を祈りおこなう祭祀の一つ)の翌日、豊明(トヨノアカリ)の宴会の日に、
髪長比売に大御酒の柏(カシの葉に盛った御酒)を持たせ、大雀命に髪長比売を授けたのでした。
そして、応神天皇は御歌を詠みました。
🍶さぁ子供たち、野蒜(ノビル)を摘みに行こう 。
蒜を摘みに私が行く道の、香しい花橘は、
上の枝は鳥が止まって枯らし、下の枝は人が取って枯らし、
その真ん中ほどの枝は蕾がある。
その蕾のような紅顔のお嬢さんを誘うがよい。🍶
(「息子が気に入ったのなら、どうぞどうぞ与えてあげよう」という意味か?)
また、次のお歌も詠みました。
🍶水をたたえる依網池(ヨサミノイケ)にの堰杙打ち(水量調節のための杭を打つ人)が、
杭を打っているのも知らないで、
ジュンサイ採りが蓴菜に手を伸ばしているのも知らないで。
私の心こそなんと愚かなことか。
今になり悔しいばかりだ。🍶
(自分も評判の美人を心待ちにしていたのに、惜しい事をしたなあ。)
このように歌を詠み、髪長比売を大雀命に授けました。
髪長比売を賜った後に大雀命は歌を詠みました。
🍶遠い国の古波陀の乙女の噂は、雷が鳴り響くように聞こえてきたけれど、今や抱き合いながら一緒に寝ている🍶
(美しいと評判の乙女は自分と寝てる。、、、承諾を得る前に結婚してしまっていたということか?)
また、このように歌いました。
🍶国の果の地、古波陀の乙女は、拒むことなく一緒に寝てくれた。
とても親密な気分だ🍶
(一緒に寝てくれたことを喜ぶ歌。
応神天皇、仁徳天皇は美女に会うと、
「幸せだ〜」と浮かれて歌う親子のようです。)
国主(クニス)の歌
またその時、吉野の国主達は、大雀命の佩(ハ)いている御刀を見このように歌いました。
🍶応神天皇の御子、大雀が佩いている大刀は、根元が剣で、先が増えている。
まるで冬木の灌木のようにさやさやと鳴っているようだ🍶
(刀を持つ大雀が力強いことを賛美しているのか?不明な歌です。)
また、国主達が吉野の樫の林の辺りで樫の木で横広の臼を掘って作り
御酒を献上する時、口鼓を打って、このように歌いました。
🍶樫の生えている所で、横臼を作り、その臼で造った大御酒。
おいしく飲んでください、我が父上🍶
(吉野の国主達が大雀に対して尊敬と親しみを持っていることがわかります。)
この歌は、吉野の国主達が大贄(オオニエ 朝廷に献上するその地の産物)を献上する時に詠む歌で、声を長く引き調子をつけて歌う歌です。
はるさん的補足 大雀(後の仁徳天皇)の台頭
「髪長比売との結婚」も「国主の歌」もほのぼのとしたエピソードに見えますが、
大雀の台頭を象徴する場面でもあります。
髪長比売との結婚が意味すること
髪長比売は日向国のご出身です。
日向国は天孫降臨が行われた場所です。
ですから、日向国の姫との結婚は天神との正当な繋がりを得たことを意味します。
また、大雀は髪長比売との結婚の許しを建内宿禰大臣を通してお願いしました。
建内宿禰大臣は政治の中枢を担っていた人物です。
そして、大雀の皇后は建内宿禰大臣の孫にあたる、
(「古事記」一番の恐妻) 石之日売(イワノヒメ)。
大雀は建内宿禰大臣に「お願い」することによって、建内宿禰大臣を味方につけたと言われています。
(髪長比売は皇后ではありませんが、生まれた娘が雄略天皇と結婚するなど、重要な活躍をします。)
国主の歌が意味すること
吉野は大山守(オオヤマモリ)が管轄をしていた主要な地域でした。
その吉野の国主たちが大雀に産物を献上したということは、
大雀が大山守の主要な管轄地を取り上げたことを意味します。
こうして大雀は次期天皇の座を掴む地固めをしていったのです。
恐らく応神天皇はお気づきになってらっしゃいませんね。
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中巻(神武天皇から応神天皇)
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