(139)『古事記』神功皇后の祖先、天之日矛の系譜 日光感精卵生説話

これまでのあらすじ

仲哀天皇神功皇后の息子、第15代応神天皇が崩御し、

後継者争いの末に第16代仁徳天皇が即位しました。

「古事記」における天之日矛(アメノヒホコ)

古事記」には応神天皇が崩御した後、(かなり時代が遡るのですが)天之日矛の来日の記事があります。

天之日矛神功皇后の母方の祖先としているので、詳しく説明する必要があると思ったのでしょう。

昔、新羅の国王の子がいました。

名は天之日矛(アメノヒホコ)で海を渡って日本に来ました。

渡来した理由は次のようなものでした。

玉から生まれた美少女

新羅国に一つの沼があり、沼の名は阿具奴摩(アグヌマ)といいました。

この沼の辺に、一人の賤しい(身分の低い者)女が昼寝をしていました。

そこに日光が虹のように輝いて、その女の陰部を照らしました。

また、賤しい男もいて、その様子を不思議に思い常にその女の行動を密かに伺っていました。

するとその女は昼寝をしている時に身籠り、赤い玉を生んだのです。

その様子をずっと見ていた賤しい男は、その玉が欲しいと頼み手に入れて、物に包んで腰にずっと付けていました。

この男は田を山の谷間に作っていました。

ある時、農夫達の飲食物を一頭の牛に背負わせて谷の中に入ると、新羅の国王の子天之日矛に出会いました。

すると、天之日矛は、その男に、

天之日矛
どうしてお前は食料を牛に背負わせて谷に入るのか。
お前はこの牛を殺して食べるに違いない。

と言い、その男を捕えて牢獄に入れようとしました。

その男は答えました。

身分の低い男
私は牛を殺そうとしていません。
ただ農夫達の食料を運んで送り届けようとしているだけです。

しかし、それでも天之日矛は、許しませんでした。

古事記伝」では、「身分の低い男」は他人の牛を盗んで殺そうとしたものとみています。

そこで、その男は腰に付けていた玉を取り出し、天之日矛に差し出し贈り物にしました。

すると、天之日矛身分の低い男を放免し、その玉を持ち帰り床に置くと、その玉は美しい乙女になったのです。

天之日矛はその乙女と結婚し正妻としました。

その乙女はいつもさまざまな美味しい食事を作り、常に夫に食べさせました。

ところが天之日矛は、慢心して奢り高ぶり、妻を罵るようになりました。

その妻は

元々私は、あなたの妻となるような女ではありません。
私は祖国にいきます。

と言い、人目を偲んで小舟に乗り、逃げ渡って来て、難波(大阪)に滞在。

比売碁曽神社 (写真は大阪府神社庁さんhpよりお借りしました)

難波比売碁曽神社(ヒメゴソジンジャ)に鎮座する阿加流比売(アカルヒメ)という神になりました。

正妻を追って渡来した天之日矛

天之日矛の渡来ルート(オールカラー地図と写真でよくわかる!古事記p.161)

天之日矛は、妻が逃げ出したことを聞き日本まで追い渡って来たのです。

しかし難波に着こうとする手前で、難波の渡りの神が遮って天之日矛を入れませんでした。

天之日矛は戻って但馬国(タジマノクニ 兵庫県)に泊まりました。

天之日矛の子孫

天之日矛から神功皇后までの系譜

そして但馬国に留まり、但馬の俣尾マタオ 豪族のことか?)の娘の前津見(サキツミ)と結婚して生んだ子が多遅摩母呂須玖(タジマモロスク)です。

その多遅摩母呂須玖の子が、多遅摩斐泥(タジマヒネ)

その多遅摩斐泥の子が、多遅摩比那良岐(タジマナラキ)

多遅摩比那良岐の子が、

多遅麻毛理(タジマモリ)

タジマモリが「時じくの香の木の実(不老不死の実)」として垂仁天皇に献上しようとした橘(ミカン)

次に多遅摩比多訶(タジマヒタカ)

清日子(キヨヒコ)の三人です。

この清日子当摩之咩斐(タギマノメヒ)を娶とって生んだ子が、酢鹿諸男(スカノモロオ)、次に妹の菅竈由良度美(スガカマユラドミ)

また、多遅摩比多訶が、その姪の菅竈由良度美を娶って生んだ子が葛城高額比売命(タカヌカヒメ)です。

高額比売命神功皇后の母です。

天之日矛が新羅から持ってきた物

天之日矛新羅から日本に持って渡って来た物は、

玉津宝(タマツタカラ)といって珠を緒で貫いだ物。それを二つ。

また浪振比礼(ナミフルヒレ)浪切比礼(ナミキルヒレ)

風振比礼(カゼフルヒレ)風切比礼(カゼキルヒレ)

また奥津鏡(オキツカガミ)辺津鏡(ヘツカガミ)、の併せて八種になります。

比礼とは

古代に女子が両肩から左右に垂らして用いたヒラヒラした布。

いずれも波や風を立てたり鎮めたりする呪具神宝

これは、伊豆志(イズシ)の社の八座の大神(兵庫県豊岡市に八種の宝を御親裁する出石神社がある)です。

出石神社(兵庫県)

はるさん的補足 日光感精卵生説話について

日光が当たって受胎するのを日光感精説話といい、卵や玉から生まれるのを卵生説話と言います。

この二つを合わせ持つのが「日光感精卵生説話(神話)」です。

卵から人が生まれる神話はインド、中国、インドネシア、ポリネシアにも見られます。

また、高句麗の始祖である朱蒙(シュモウ・東盟聖王)の生誕は日光感精+卵生であったとされています。

天之日矛は「新羅の王の子」という設定ですが、「日光感精卵生説話」は民俗間で伝わってきたのかも知れません。

天地開闢からこれまでの記事

これまでの記事はこちらからご覧ください。

上巻中巻

にほんブログ村

コメント一覧
  1. 才色健躾 より:

    この度は難しお話しですね。
    天之日矛は日本人ではなく外国のお方な為に言動、行動な疑問符に覆われますね。
    多遅摩と但馬。後の世の当て字ナノでしょうが…
    神功皇后さまは渡来人。皇族の血統は純日本人ではない事も理解しました。

    • harusan0112 より:

      奥さんのことを日本まで追って来るくらい好きなら大切にすればいいのに、、、と思いますね。泣
      但馬辺りで勢力を拡大していったのでしょうか。
      タジマモリさんが垂仁天皇に忠義を尽くすなどして、都に住む一族となったのでしょうね。

    • 久子 より:

      日光感精卵生説話、神話の世界ではよく言われますが、やはりここでも!朱豪は、韓ドラにもあるので、見てみたいな。

  2. さゆ より:

    天之日矛の恋愛感情は、とても揺れが大きいですね。
    阿加流比売は、新羅で卵から生まれながら、祖国は難波なところがちょっと不思議です。
    不可能でも、卵や日光から生まれる説話は、両方とも命の源なので、昔の人がそういう話を次の世代に伝えたくなるのはわかります。
    天之日矛は、出石で、子孫を残し、出石神社に祀られてもいるので、良かったです。

    • harusan0112 より:

      ありがとうございます♪
      全くですよね。
      最初から奥様を大切にしてればいいのに。
      阿加流比売は不思議な存在ですが、神功皇后を神聖化するためと
      日本と新羅の混血であることを示したかったのではないでしょうか。
      卵や日光は世界的に思い浮かびそうなものかも知れませんね。
      天之日矛さんも祀ってもらえてよかったです。

  3. ミカリン より:

    新羅から妻を追ってきたのに、他の女の人とき結婚するのは奇妙ですね新羅から持ってきた八種の物の名前が十種の神宝と名前がにてますね。いづれにしよ、日本の皇室は渡来人と関係が深いみたいですね

    • harusan0112 より:

      ありがとうございます♪
      正妻を邪険に扱い逃げられて、追いかけて来ても拒否されてかっこ悪いですね。
      かと言って独身でいるのもお嫌だったんでしょう。
      日本の皇族も、神も渡来人が多いように思っております。

  4. Yoshi より:

    比賣許曾神社・・・調べてみたら、昔、すーぐ近くに一瞬住んでいました。(気が遠くなるぐらいに懐かしい思い出)
    ちょうど、本当にちょうど、行動圏外から外れた場所。
    難波というよりは、大阪鶴橋の韓国商店や焼肉屋さんが立ち並ぶ一帯にほど近い場所です。
    (近鉄電車で大阪難波から奈良・京都・伊勢志摩・名古屋方面つまり東の方に向いて乗ると3駅ばかりで着く鶴橋。
    JR大阪環状線との乗り換え駅でもあり、夕刻ぐらいからは駅のホームに居ても余裕で焼肉の匂いが漂ってくるという
    そんな場所です。通勤・通学帰りの電車が鶴橋駅に着いて扉が開いたら、車内に居てもフワッと焼肉の匂いが
    香ってきて、空きっ腹だと本当たまらないです美味しい焼肉の店とか本格的なキムチや冷麺などが安価に売っていたりするので、たまに買いに行ったりもしていました。ひそかに鶴橋駅のすぐそば、ガード下の「立ち食い寿司や」がめちゃくちゃ安くて美味しかったんですが(知る人ぞ知る)、今もやってみえるかな?
    当時はなんなら日本語よりも韓国語の方がしょっちゅう聞こえてきた、それぐらいに韓国の方が多く住む街です。渡来した人たちの末裔もたくさん?)
    他にもあのあたりには南の方には四天王寺をはじめ大阪城の辺りまでお寺がいっぱいあったり、あとは玉造(たまつくり)なんて地名もあったりして、かなりいろんな歴史を秘めていそうな場所です
    (それにしてもご一行を追い返した「難波の神様」ってどなた・何者なんだろ?!)

    あと、オキツカガミとヘツカガミは神道で「十種神宝(とくさのかんだから)」とされる内に入っています。
    Wikiでは十種神宝自体は記紀には登場しない、とのことですが、いずれにせよ、ほほうと思わされました。

    といったお話から、神功皇后へと繋がってくるのですねそれにしても天之日矛もちゃんと奥さんを大事にしていれば、また全然違うお話があったかもしれないわけですね。歴史の妙というか。

    • harusan0112 より:

      ありがとうございます

      その辺りにお住まいだったのですね!
      住んでらした方ならではの地元のお話しを伺えて、とても嬉しいです。
      今も、韓国人の方に住みやすい街なのでしょうね。
      東京で言うところの大久保のような所でしょうか。
      神宝もこうやって見ると、渡来人が持ってきてくれたのかも知れませんね。
      天之日矛さん、なんで正妻を大切にしなかったんでしょうね。
      日本に来てもらうための布石なんでしょうけれど、ひどい話しですね。

コメントを残す

古事記の関連記事
おすすめの記事