(103)『古事記』垂仁天皇②サホビコの反乱 母は強し、当時の結婚
サホビメが姿を映したとされる鏡池(狭岡神社)(奈良県)

これまでのあらすじ

第11代垂仁天皇が即位しました。

サホビコの反乱

この記事に登場する3人の関係性

垂仁天皇には7人の妻がいましたが、とりわけ「サホビメ(沙本毗売)」を愛していたといわれています。

サホビメ」には「サホビコ(沙本毗古)」という母親も同じ兄がいました。

この時代、兄弟であっても母親が違えば結婚は許されたのですが、母親が同じ場合は許されませんでした。

「古事記」における「サホビコ」の反乱

サホビメ」が垂仁天皇と結婚する時、「サホビコ」が

サホビコ
天皇と私のどちらをより愛しているか

と聞くと、

サホビメ
兄が愛おしいです

と答えたので

サホビコ
2人で天下を治めよう。
天皇が寝ている間に刺し殺せ。

と言って「サホビメ」に小刀を渡しました。

そんなことを知らない垂仁天皇は「サホビメ」の膝枕で寝てしまいます。

サホビメ」は天皇の首を3度も刺そうとしましたが悲しくなって刺せず、天皇の顔の上に涙を落としてしまいました。

天皇は目を覚まし

垂仁天皇
大雨にあった夢を見た。
それに、錦色の蛇が私の首に巻き付いた。

と言いました。

サホビメ」から謀反のことを打ち明けられた天皇は軍を率いて「サホビコ」の征伐に向かいました。

下の赤辺りに宮殿が、上の赤辺りにサボヒコがいたと思われています

サホビコ」は砦を築いて天皇軍を迎えます。

兄を想う気持ちを抑えられない「サホビメ」は宮殿(師木玉垣宮)を抜け出し「サホビコ」が立て篭もる砦の中に入りましたが、その時「サホビメ」は妊娠していました。

垂仁天皇
サホビメを后妃として愛おしんで3年になるのか。

と思いながら砦を囲みました。

そのため攻めあぐねてしまいます。

そんな中、「サホビメ」が出産しました。

サホビメ
この御子が天皇ご自身の子だとお思いになるなら、引き取って育ててください。
垂仁天皇
兄は憎いが、后は愛しい。母子ともに取り戻したい。

と言い、腕力のある兵士を選び

垂仁天皇
子を受け取る時にサホビメも引っ張って連れ戻せ!

と、命じました。

それを察した「サホビメ」は掴まれそうな髪を切りカツラを被りました。また、首飾りの紐や衣を腐らせて、すぐにちぎれるようにしました。

そして御子と共に外に出ると兵たちは御子と「サホビメ」を奪おうとしましたが、「サホビメ」のことは捕まえることができませんでした。

垂仁天皇
名前は母親がつけるものだ。
この子にはなんと名付けようか。
サホビメ
炎の中で生まれたので「ホムチワケ(本牟智和気)」としてください。
垂仁天皇
どうやって育てていけばいいのだ。
サホビメ
乳母をつけ、産湯をつかわす係を定めて養育してください。
垂仁天皇
下紐は誰に解かせればいいのだ。
(次の皇后は誰にすればいいか。)
サホビメ
私のいとこたちに貞操な姉妹がいます。
その姉妹をそばにお迎えください。

垂仁天皇は会話を長引かせて、「サホビメ」が出てくるのを待ち、なんとか命を助けたかったのではないかと言われています。

しかし「サホビメ」の決意は固く、奪還に失敗します。

天皇はやむなく「サホビコ」の砦に火を放ち、「サホビメ」は兄と共に亡くなりました。

垂仁天皇は「ホムチワケ」を大切に養育することにしました。

(次回は「ホムチワケ」のお話しです。)

「サホビメ」伝承地(狭岡神社)

はるさん的補足 后が権力を持っていた当時の結婚

この物語は優しい垂仁天皇と情熱家の「サホビコ」の間でゆれる「サホビメ」の慈愛に満ちた、「古事記」の中で最も悲しい物語だと言われています。

この物語から、当時の母親の権力を窺い知ることができます。

まず、命名権養育権は母親に。

そして后を退く時に、後任を推薦する権利も持っていました。

これは妻問婚が背景にあると考えられ、嫁ぎ先よりも実家との結びつきが強かったことが読み取れます。

(複数の)妻の家を訪れるだけで定住しない夫は、子供に対する責任もなく、責任は母親側が持っていたようです。

天地開闢からこれまでの記事

これまでの記事はこちらをご覧ください。

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コメント一覧
  1. Yoshi より:

    こ、こんな悲しい物語があったとは・・知りませんでした (いまいち有名で無いのは母親を同じくする兄と妹の恋愛話ゆえ、取り扱いが難しいといったあたりでしょうか?)
    二人の男性の間で揺れ動きつつも最愛の兄と運命を共にしたサホビメ、そして妃の権限(というか男というものの”空気”っぷり)
    いずれもとても興味深く、面白いものでした。いつも本当にありがとうございます✨

    • harusan0112 より:

      この物語は有名ではないんですね?
      たしかに少し扱いづらい話しかも知れませんね。
      垂仁天皇の振られ方がかわいそうですし。
      前の記事の系譜で、子供が16人と書いた直後に、この記事。
      恋多き天皇にも、一途な天皇にも見えますね。

  2. 才色健躾 より:

    この度の質疑応答はとても分かり易いです
    スラスラと拝読適いました
    同じ母親の兄弟は結婚できない。この時代は何を以って決められたのでしょうか
    何でもありの天皇家にあってこの規律は不思議ですね
    サホビメの行動言動に何かしら”疑念”を抱きます。

    • harusan0112 より:

      古事記では他にも同母の兄妹の恋愛が出て来るのですが、表向きはタブーなんですよね。
      妻問婚なので、実際には兄弟の子を産むことはありそうですよね。一緒にいる時間が長いのですから。
      サホビメが天皇に打ち明けなければ、サホビコが急に攻められることはなかったでしょうね。
      2人の男性の間で揺れる乙女心なのでしょうか。

  3. さゆ より:

    兄のサホビコは、妹と結婚するよりも、天下を治めたかったのではないでしょうか?妹を利用して。揺れ動く妹の心中も見越して、天皇軍の来るのも予想して、砦を築いていたのでしょう。三度も刀を向けたサホビメを愛しいと思う埀仁天皇。兄の命令で人の道を外れかかったサホビメ。愛とは冷静さを失うと怖いものですね。

    子供に対しての権利は妻方の方が強かったのですね。妻問婚の場合は娘を持つ方が一族が栄えるような気がします。妻のもとで育ち、財産は別で、夫は養育権を持たず、妻の元に通うのですから。家系は女性中心になりそうですね。
    天皇の場合は別で、後継ぎを天皇が決める権限があって、その母親を家に迎え入れたのでしょうか?

    • harusan0112 より:

      ありがとうございます♪
      サホビコは権力が欲しいのでしょうね。
      開化天皇の孫ですし、お父様も崇神天皇の諸国平定の功労者ですから、自分にも国を治める権利も能力もある。と思っても不思議ではありません。
      后妃には祭祀権がありますから、重要な役割りを担ってます。
      サホビメは苦悩したでしょうね。
      子供に対しての権利が母親の実家なので、立派なお父様がいないと、経済的にも育てるのが大変でしょうね。
      天皇は今のように次が決まっているわけではなく、天皇が崩御された後、協議されたようなんです。
      もう少し後になると、天皇が生前、次の天皇を指名することもあったようです。
      今のように、順番まで決まっていれば、このような争いが起こらなくて済んだかも知れませんね。

  4. harusan0112 より:

    キヨさんコメント

    政治的に力のある立場を得たければ、年頃の娘を輿入れさせる政略もあったでしょうし、力強い後ろ盾が欲しい天皇もいたでしょうから、本人達の気にそぐわない結婚もあったでしょう。
    そんな立場にいる天皇が心を寄せて愛した后を守りたいと力を注ぐ姿はちょっと切ないですね。
    サホビメも兄に心を残しながらも3年という月日を天皇と共に過ごして子まで成したら、少なからず情もわいたでしょうし、殺すことは出来なかったのでしょうね。

    • harusan0112 より:

      ありがとうございます♪

      丁寧な心理分析ですね。お陰で私もサホビメの心理状態を理解することができました。
      どっちつかずの人だなという見方もできますが、そんなに割り切れるものではありませんね。
      とても悲しいけれど、野心家が2人いたら仕方がないですね。

  5. harusan0112 より:

    久美さんコメント

    まあ!
    こんなに人間的な切ないお話しもあったのですね!
    また韓国ドラマに出てきそうなお話し!

    • harusan0112 より:

      ありがとうございます♪
      古事記は時々、このような恋愛譚を挟んできますね。
      ちょっと滑稽な物もありますが、このお話しは、「愛」が感じられる分、切ないですね。

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