(72)『日本神話タロット』鏡ノ参「ニニギとコノハナサクヤの祝宴」
鏡ノ参(カップ3)「ニニギとコノハナサクヤヒメの祝宴」

前のページ(71)「ニニギとコノハナサクヤヒメの出会い」
次のページ(73)「ニニギとコノハナサクヤの結納、バナナ型神話

これまでのあらすじ

地上を治めるために、高天原から降臨した「ニニギ(邇邇芸)」は笠沙の岬で「コノハナサクヤヒメ(木花之佐久夜比売)」と出会い、お互い恋に落ちます。

そして「コノハナサクヤヒメ」の父「オオヤマツミ(大山津見)」に結婚の許しをもらいに行きました。

『日本神話タロット』鏡ノ参
「ニニギとコノハナサクヤの祝宴」

鏡ノ参(カップ3)カードの意味

正位置
愛が深まる、発展、成長、幸福な展開、団体行動

逆位置
節操がない、三角関係、無関心

『日本神話タロット 極参』
鏡ノ参
「祝宴」解説文(写し)

この記事に出てくる神々の系譜

コノハナサクヤアマテラスの孫ニニギに求婚されたことに喜んだオオヤマツミは、

すぐさま結婚を承諾し、さらに姉のイワナガヒメ(石長比売)も共に嫁がせようとしました。

参考記事

「古事記」におけるこの場面

ニニギ」が使いを送って娘を乞うと「オオヤマツミ」はたいそう喜んで、

姉の「イワナガヒメ」を添え、

数多の結納品を持たせて娘を差し上げました。

はるさん的補足
「妻問婚」と「姉妹婚」

古代日本の結婚の多くは「妻問婚」だったのではないかと言われています。

妻問婚とは

妻問婚」とは、夫婦は別居し妻は実家にいて、旦那さまが来たい時に客として来るという形式の婚姻です。

妻屋とよばれる家を実家の近くに建て、妻はそこに住むこともあるようです。

子供は妻方で生まれ育ちます。

結婚したものの、いつまでも旦那さんが来てくれないというケースもありますが、女性側にも恋愛の自由がありました。

ですから多夫多妻になることも珍しくありませんでした。

古事記」を読むと、この頃の女性の地位はその後の封建社会よりもかなり高かったことがわかります。

前の記事で、「ニニギ」が「コノハナサクヤヒメ」に会って最初に聞いたのが父親の名でしたね。

妻問婚」の場合は、夫が妻側の父親の家に行くことになりますから、父親への挨拶は大切です。

オオクニヌシ(大国主命)」が

スセリヒメ(須勢理毘売)」や

ヌナカワヒメ(沼河比売)」にした婚姻は「ヨバイ」という物。

その後お互いの合意があればそのまま結婚するという、こちらも由緒正しい日本の婚姻の形式です。

姉妹婚とは

姉妹婚」とはその家の複数の姉妹と結婚することです。

この時代、家と家の絆を深めるために「姉妹婚」をすることもあったようです。

(姉妹で嫉妬して殺し合いケンカにならなかったのでしょうか?)

前の記事で、「ニニギ」が「コノハナサクヤヒメ」に会って、父親の名の次に聞いたのが兄弟の有無でしたね。

この場面で「オオヤマツミ」は一言の断りもなく「イワナガヒメ」を添えています。

姉妹婚」が当然だという行動です。

この後の展開

後日、別の記事に詳しく書きますが、
この後「ニニギ」は「イワナガヒメ」が醜いことを理由に結婚を拒否し、
コノハナサクヤヒメ」の妊娠に対しては自分の子かを疑います。

よく「ニニギ」は酷い
などと言われますが私は「ニニギ」が「コノハナサクヤヒメ」を本当に愛していたからなのではないかと思うのです。

妻は一人でいいし、可愛い「コノハナサクヤ」がヨバイされてないか心配だし、、、と。

ニニギ」は
妻の恋愛が自由な「妻問婚」や
家と家の絆を深めるための「姉妹婚」という制度に合わなかったとも言えるでしょう。

古事記の他の記事

古事記の他の記事はこちらからご覧ください。

上巻(天地開闢から海幸彦山幸彦)

中巻(神武天皇から応神天皇)

下巻(仁徳天皇から推古天皇)

にほんブログ村

前のページ(71)「ニニギとコノハナサクヤヒメの出会い」
次のページ(73)「ニニギとコノハナサクヤの結納、バナナ型神話

コメント一覧
  1. 今には無い男女関係ですね。神様の仕業とは思えない事態です。
    姉妹婚。多夫多妻。鏡の参カード”逆位置”の節操がないとは的を得ていますね
    はるさん作系譜を読み解く限り「オオヤマツミ様」は曲者ですね。

    • ありがとうございます

      私は、神を人格者だと思う気持ちは全く無くなっております。笑

      昔の日本は、性に関しておおらかだったんでしょうね。
      同性愛者にたいしても今より寛容だと思います。
      頑丈なカギがない時代、ヨバイは避けられなかったのでしょうし。
      ニニギの気持ちも確かめずに、イワナガヒメを添え物にしたオオヤマツミも酷いですね。
      送り返されたイワナガヒメの気持ちを思うと泣きたくなります。

  2. なかなか複雑ですね。
    ニニギとコノハナサクヤヒメは仲が良いというイメージがあって、姉妹婚のことは初めて知りました!
    権力を保つのは大変ですね。

    • ありがとうございます♪
      権力を保つのは大変ですね。
      オオヤマツミもイザナギとイザナミの子供ですが、やはりアマテラスの孫との結婚は願ってもないこと。
      結び付きを深めるためには姉妹婚をさせたかったんでしょうね。

    • ありがとうございます♪
      摂関政治やハプスブルク家、、、
      まあ今に至るまで、、、。
      権力と婚姻は引き離せませんね。

  3. この時代、後の封建社会よりも、女性の地位が高かったので、結婚した女性も、恋愛の自由があったり、実家に住み続けたりできたのですね。

    ニニギは、別の女性がいたかもしれないという説もありますが、『極参 鏡の捌』、本心は一夫一婦制を望んでいたのですね。
    しかし、愛するあまり、逆に疑ってしまい、コノハナサクヤヒメ側からすると、火中出産までしても信じてもらえず、オオヤマツミの元へ帰ったのですね。
    もっとヒメを信じてあげればニニギも幸せな後生を送れたのではないかと思います。

    婚姻形態では、このころは、妻問婚。その後、平安中期から、夫が妻の実家に入る婿取婚になり、後期から鎌倉時代にかけて、妻が生活の場を夫方に置く嫁入婚に移行しました。

    妻問婚は、多夫多妻ということですが、婿取り婚は、姑による嫁いびりもなく、祖父母と親がお互い支え合えるので、核家族の次に理想的な家族形態なのではと思います。

    • ありがとうございます♪
      変な話ですが、妻問婚の場合、ヨバイが心配ですよね。
      ニニギに他の女性がいなかったかはわかりませんが、サクヤヒメのことは大切に思ってたんだと思いたいですね。
      サクヤヒメは当然冷めたでしょうけど!
      多夫多妻になることも多かったとのことですが、戸籍制度などないのではっきりとはわかりませんね。
      でも、一般市民は父親がわからない
      (ヨバイで顔が見れなかったとか)
      子を村人みんなで育てたそうです。
      嫁いびりは無くて確かに良さそう。
      恋愛感情が薄ければいいのかな。
      好きで好きでしょうがない(笑)みたいな女性にはキツイ制度だと思うのです。
      源氏物語の六条御息所みたいな。泣

  4. ミユさんコメント
    オオヤマツミに勝手に姉妹婚させられ(そうになって)結局断られたイワナガヒメの身になってよ!
    と思いますね

    • そうですよ!
      添え物にされ、送りかえされたんですよ!
      お父さん(怒)

      ニニギも「僕はコノハナサクヤ一筋です」とか言って断ってくれればいいのに(怒)

  5. 久美さんコメント
    妻問婚はへーと言う感じですが、姉妹婚はもっとびっくりですね。
    もれなく姉妹が付いてくるなんて!
    ニニギはある意味普通の結婚観だったのかしらね。

    • 少なくとも、一度も会わず、許可も得ないで添え物にされたのはかわいそうですね。
      ニニギは、素直過ぎますが、今の結婚制度なら幸せだったかも知れませんね。

  6. キヨさんコメント
    妻問婚は源氏物語にも出てきましたね。
    でも、お姉さんを添えるって、、、。
    アマテラスの孫に嫁げるのは名誉なことなんでしょうが、、、

    • 旦那さまが大好きな場合、妻問婚は六条御息所みたいになりそうだと思っていたら、姉妹婚の場合は家の中で殺戮が起きそうですね。

  7. そっか、奥さんひとすじだからこその、この動きだった、と!
    却ってあの時代や考え方だと、「奥さん一筋」を通す方が難しい世相、言い出せない人もいたかもしれない感じですね。
    それにしても姉妹での喧嘩ならぬ「○しあい」の記述が、笑ってしまいました

    • ありがとうございます♪
      文学として古事記を読んだ場合、ニニギは子供のような神。
      実際、生まれてすぐに降臨させられたのですから、教育も受けてないのかもしれません。
      妻問婚と姉妹婚が両立した場合を想像すると怖くないですか?
      手を下さなくても呪い○しそう。

コメントを残す

古事記の関連記事
おすすめの記事