(20)『古事記』「アマテラス」と「スサノオ」の娘たち「宗像三神」
宗像大社沖津宮遥拝所(福岡県)
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(20)『古事記』アマテラスとスサノオの娘たち「宗像三(女)神」

(19)の記事で「ウケイ」について説明しました。

アマテラス」に高天原を奪いに来たのではないかと疑われた「スサノオ」は「ウケイ」によって子供を作ることを提案します。

すると「スサノオ」の十拳剣(トツカノツルギ)から三柱の女神が生まれました。

その女神たちを「宗像三(女)神」といいます。

今回は「宗像三(女)神」について説明します。

「宗像三神」

①「タキリビメ」

最初に生まれたのが「タキリビメ」です。

古事記」では「多紀理毘売」と表記されます。

タキリ」とは海上に生じる霧を意味すると言われています。

筑紫の沖津宮に鎮座しています。

沖津宮がある沖ノ島は神職以外の人は立ち入り禁止になっており、観光客は大島の遥拝所から臨むことしかできません。

宗像大社沖津宮遥拝所

②「イチキシマヒメ」

次に生まれたのが「イチキシマヒメ」です。

古事記」では「市寸島比売」と表記されています。

イチキ」は「」のことで、神を斎き(イツキ)祀る島の姫という意味を持ちます。

巫女としての性質を持っていたと考えられています。

宗像の辺津宮(ヘツミヤ)に鎮座しています。

③「タキツヒメ」

3番目に生まれたのは「タキツヒメ」です。

古事記」では「多岐都比売」と表記されています。

タキツ」は水が激しくたぎるという意味とされており、海が激しく波打つ(海の安全を守る)姫という意味を持つと言われています。

宗像の中津宮に鎮座しています。

「タキツヒメ」を祀る中津宮

「宗像三神」を祀る「宗像大社」

北から沖津宮、中津宮、辺津宮(左下は関係ありません)
上の地図に示したように、宗像大社は沖津宮、中津宮、辺津宮から成ります

朝鮮半島との航路上に位置し、半島に至る航路の守護神としてヤマト王権から重要視されていました。

沖津宮のある沖ノ島からは4世紀後半から続く祭祀遺跡が見つかっています。

また、中国や朝鮮からもたらされた物も見つかっており、古来、航路の要衝であったことがわかります。
中津宮がある大島

はるさん的補足

宗像三神」の2番目に生まれた「イチキシマヒメ」は後に仏教の「弁財天」と習合し、信仰を集めるようになります。

写真は井の頭公園内の弁財天(東京都)です。

「弁財天」とは

弁財天」はインドの古代神話に登場する女神です。

日本では七福神の1柱として有名ですね。

日本では琵琶を持ち、絶世の美女として描かれることが多く、芸能、学問、金運、財運の神様とされています。

なぜ「イチキシマヒメ」=弁財天となったのか

なぜ日本で生まれた「イチキシマヒメ」とインドの女神が同一視されるようになったのでしょうか。

それは奈良時代から「神仏習合」という考えが広がったことが大きな原因でしょう。

神仏習合」とは日本固有の神様と仏教の信仰が融合することです。

イチキシマヒメ」と「弁財天」が同一視されるようになった背景には3つの共通点があるとされています。

美しい女神であること。

イチキシマヒメ」は「宗像三神」の中で特に美しかったと言われています。

水を司る神であること。

弁財天」もインドのガンジス川の守護神として祀られています。

芸能、学問などのご利益があること。

イチキシマヒメ」は芸術、芸能面にも秀でていたとされ、琵琶を持つ弁財天と共通しているとされています。

このようなことから、「イチキシマヒメ」は水に関係の深い神社に祀られていることが多く、「弁財天」と併せて祀られることが多くなっています。

全国で祀られる「宗像三神」

スサノオ」の疑惑を晴らしたとされる「宗像三神」は他に「厳島神社」など全国で祀られ、航海の安全や交通安全を祈願する神様として崇敬を集めています。

これまでに完成している記事

これまでの記事はこちらからご覧ください。

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