(63)『古事記』「コトシロヌシ」「タケミカヅチ」に服従する
「コトシロヌシ」(事代主神)
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「コトシロヌシ」「タケミナカヅチ」に服従する

これまでのあらすじ

アマテラス(天照大御神」は「オオクニヌシ(大国主命)」が平定した地上(葦原中国)を自分の子供に治めさせたいと言い出しました。

まず「ホヒ(天菩日神)」次に「ワカヒコ(天若日子神)」を地上に送り出しましたが、失敗します。

そこで「最強の神」である「タケミカヅチ(建御雷神)」と「船と鳥の神」である「アメノトリフネ(天鳥船神)」を地上に行かせることにしました。

「コトシロヌシ」「タケミカヅチ」に服従する
「古事記」におけるこの場面

「国譲り」が行われた「稲佐の浜」(島根県)
タケミカヅチ(建御雷神)」と「アメノトリフネ(天鳥船神)」は稲佐の浜に降り立ちました。

タケミカヅチ」は剣を抜いて逆さにして海に立てその剣の刃の上に胡座をかいて「オオクニヌシ(大国主命)」にいいました。

この行動は、自身の威力を誇示し、一見不可能であることをして興味をひかせ「伝えたいこと」を探らせる神話独特の比喩です。
タケミカヅチ
アマテラス」と「タカミムスビ(高御産巣日神)」の勅によって私はあなたに聞いてくる使者としてここに来た。
アマテラス」はあなたの「葦原中国」は「アマテラス」の御子が治めるべきだと言っている。
あなたはどう思うか。
オオクニヌシ
我が子「コトシロヌシ(言代主神)」と相談して答えましょう。
ですが「コトシロヌシ」は今、鳥を狩り魚を獲りに美保の岬まで行っていてまだ帰ってきておりません。
そこで「タケミカヅチ」は「アマノトリフネ」に「コトシロヌシ」を迎えに行かせました。

コトシロヌシ
恐れ多いことです。
この国は「アマテラス」の御子に献上しましょう。
と即答し「コトシロヌシ」は「アメノトリフネ」を踏み傾けて逆手を打ち、船を転覆させて柴垣に変えてその中に隠れました。

逆手を打つとは左右の掌を外側に向けて逆さまに打ち合わせる一種の呪術だと考えられています。
現在も継承されている所作だそうです。
稲佐の浜から出雲大社は徒歩15分

「コトシロヌシ」とはどんな神か

コトシロヌシが鳥や魚を獲っていた美保の岬
オオクニヌシ」と「カムヤタテヒメ(神屋楯比売命)」との子供です。

カムヤタテヒメ(神屋楯比売命)」の出自は明らかにされていませんがお名前から神事を行っていた女性と察することができます 。

名前から考える

古事記」における漢字表記は「事代主」です。

コト」…神の言葉
シロ」…代理
つまり「コトシロヌシ」は神が憑依して神の託宣(お告げ)を代行する霊能者だったと考えられます。

オオクニヌシ」が国譲りという重要な局面で「コトシロヌシ」に判断させたのは
オオクニヌシ」がすでに隠居していたからだという説もありますが、
神の託宣を聞いて判断したかった」と捉えるのが自然でしょう。

コトシロヌシ」が鳥を狩り魚を獲りに行っているというのも託宣のための神事行為だと思われます。

鳥信仰(鳥が霊の運搬者だとする信仰)があった出雲では鳥や魚を獲ることによって神の判断をお聞きしていたと考えることができます。
ですから「国を譲れ」と言われた時には既に託宣を受け取っていたので、即座に「譲りましょう」と答えたのでしょう。

その後の「船を転覆させてその中に隠れる」という行為は

・無言の抗議をした
・亡くなった
という解釈がなされています。

コトシロヌシ」はこれ以降「古事記」には記述がありません。

はるさん的補足 「稲佐の浜」の砂

出雲大社内の「素鵞社」
出雲大社内に「素鵞社(ソガノヤシロ)」という「スサノオ(須佐之男命)」を祀る社があります。

出雲大社の中での最大のパワースポットとされており、そこには「スサノオ」のパワーが宿っていると言われている砂があります。

その「素鵞社(ソガノヤシロ)」の砂をいただくためには「稲佐の浜」の砂を「素鵞社」にある木箱の中に奉納しなくてはなりません。

本当は砂を1年寝かせて持ち帰るそうなのですが、翌年は行けないかも知れないという人は「稲佐の浜」の砂と「素鵞社」のお清めされた砂を交換していただけます(無料)。

出雲大社」に参拝したいと思っている方、神々が集まったと言われる「稲佐の浜」に寄って砂を集めてから「出雲大社」に行くのもいいですね。

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